豊島ゼミ、10/29(土)午後開講

%e5%a3%87%e5%b1%b1%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%ae%e7%9c%ba%e3%82%81

次回の豊島ゼミ

実施日 : 2016年 10月 29日(土)
参加費 : 2,000円 (全て住民会議経費:資料代、バス代、ガイド料)
時 間 : 集合 13:00 豊島交流センター
解散 15:00 同上

※ 高松-豊島のアクセスはこちらをご参考にどうぞ。
※ 豊島に前泊ならこちらをご覧ください。

■お申込方法■
————————————————————
・参加者名
・電話番号(当日連絡が取れる携帯番号など)
・当日移動の場合、どの港から?
————————————————————
を明記の上
10月 27 日(木)までに
◎NPO法人アーキペラゴ
TEL:087-813-1001
Mail:info@archipelago.or.jp
もしくはお申し込みフォームよりご連絡ください。

概要
http://www.archipelago.or.jp/outline/teshima-seminar.html


経済事業としてのアスパラガス

%e5%ae%b6%e3%81%a8%e7%94%b0%e3%82%93%e3%81%bcimg_2272

レモンを見に行くと、草が茂る合間にふさふさとした葉先が見えた。アスパラガスだ。ふたまわりの春、草に覆われていた。3度目の夏、草がきれいに刈られた後には畝もなかった。

「アスパラ、二人では食いきれんほど採れたんだで。なかったか…」、長老は話題を変えた。「スイートスプリングは、実がなってるかな?」と。

豊島を離れると決めた時、屋敷の土地を人に任せると決めた時、人には語れない思いがあったに違いない。それでも明日を受け入れるために、島を離れた。時折、「ほんまはつらい。できるだけ豊島におって、産廃を見届けたい。それができんつらさがある」と、ぽつりと言うことがあった。島を離れて3年、そのこともめったに口にしなくなった。

そんな長老にアスパラガスの話題は、さざ波を起こしたようだった。

以前、長老から豊島の未来像を聞いたことがある。

「多角経営じゃないといかんと思って、小麦、米、たばこ、乳牛をやった。よう、もうけなんだな。豊島の基本は農業。専業は難しいで、耕地面積が狭いから。豊島の生きる道は一次産業、忘れたらいかんね。今の世の中は潤沢で、どんどん入るけど、米は豊島の米食うて、大量生産ならアスパラ。2反をハウスでやったら生計がたてられる。その代わり2年は食えんけどな(笑)」

豊島には豊島なりの農業がある、と、長老が島の将来像を描くのも自身の暮らしから導き出されている。兼業農家として早朝に牛の世話と農作業を済ませ、農協に勤め、一次産業を担ってきた。

「若い人でも野菜作りを熱心にしてくれる人が豊島におるんで。少量多品種でやったら2軒は食える」という。豊島には福祉施設が3つある。老人福祉施設のナオミ荘、乳児園の神愛館(2015年坂井へ統合)、障害者施設のみくに園。それに小学校と中学校が1校ずつ(2016年統合)。それぞれに、豊島で作った野菜を卸す構想だ。

豊島で長老は野菜の無人販売を始めた。豊島の野菜が買えるとあって、島の人が重宝した。無人なのに野菜の注文が入り、家庭菜園で採れたものを並べる人も表れたという。

「食べきれずに無駄にしている人がおるからな。そこら辺のおばちゃんたちが持ち寄ってくれて、おばちゃんの小遣いになったらええで。お互いが試験台やしな、うまいこといくと思った。広めていったらいいと思っとたんじゃがな」

アスパラはその時に植えたものだったのか、とふとよぎる。野菜の無人販売は、ある日を境にとん挫した。アスパラガスの栽培は水が要だ。長老の土地は砂地で、沼の地下水位が高い。アスパラガスの育成には好条件がそろっていた。地面がふわふわするぐらい堆肥を入れたところに、宿根草であるアスパラを植えたら、10年は出荷できると言われている。春にアスパラを摘み、食し、夏は葉を蓄え、秋に刈り取って焼くと春にむけて地下でアスパラが育つ。島を離れても季節のめぐりに乗せて、アスパラに託した長老の思いは育っていたのだ。それがもうない。

■2016-10-12

 

豊島のごちそう

豊島のおかあさん、お接待はとびきりのごちそう。
ちらし寿司、カニ、焼き魚、酢の物、フライ3種、かぼちゃの含め煮、ナスの煮びたし…and more.

ファンを増やすスタートアップ

瀬戸内海に浮かぶ人口200人の島に、私設図書館がある。始まりは、手押し車に自分の本を積んた移動図書館と聞く。東京のFM局j-waveで紹介された時は、青い空と海に浮かぶ小さな島のラジオドラマを聞いているようでステキだった。

私が初めて行ったのは、曇り空に寒さが戻った3月。2016瀬戸内国際芸術祭の春会期を前に、島民に先行してアート施設を開放している日だった。ガラスの引き戸と張り替えられた床の木肌が温かく明るい。ずっと前からそこにあったように溶け込む、集落の静かな男木島図書館。

クラウドファンディングで目標額を上回る応援を得たことを聞いていた。「5000円でこんなにもらっちゃっていいのかな」と支援した人が、茶封筒を開けて小冊子やステッカーを見せてくれたことがある。きちんとロゴを掲げ、周りが応援したくなる誠実な姿勢を感じた。

 

クラウドファンディングはずいぶん手軽になった。東日本大震災後のミュージックセキュリティーズでは目標額が1000万円など、企業再建を呼び掛ける理由は明確、直接支援という達成感もあった。

そのあたりからか、クラウドファンディングがあちこちで始まった。2011年頃は運用主体であったように思う。そこからファンを集める仕組みは出資という形ですそ野を広げ、趣味の域にも「クラウドファンディング」という冠がつく。

起案者の熱い思いに手を添えて、道筋だててわかりやすくプロジェクト化するところに手数料が発生する。達成額の数%が手数料ということもある。手数料という名目の掲載料や仲介料がかかってくる。

そして、明確に手数料○円と併記して、総額を提示しているケースが出現。

プロジェクトは支援したくなるものか、その金額は妥当か、将来性はあるか、リターンはどこにあるか、起案の斜め読みで目標額の達成度も見えてくる。

クラウドファンディングで資金調達を目標にするのではなく、自分をPRすることが目的のケースもある。

手数料を明記した案件はこうだ。古い建材物が取り壊されるのを前に、価値のあるものだから保存して地域活性に生かしたい。ついてはインフラ整備のための資金を集めたいという。その後は、貸しギャラリーやマルシェ、観光地化にむけたいという構想だ。起案者が、プロジェクトに至る経緯を説明する箇所は、協力者の詳細な履歴と自分との関係が大半を占める。そして、資金を得たあかつきには、どうするかという肝心の部分が夢物語。夢に目新しさはなくてもいい。ここまでがんばってきました、次にこうしたいのです、そのためにあとこれが足りないのです、という具体的で堅実ななステップを示してくれるなら、起案者の誠意に共感する。

先述の男木島図書館が、まさに共感型の起案と言える。メディア各社が取材にくるのも、クラウドファンディングの内容を読んでいるからにちがいない。ファンを増やすスタートアップなのか、依存から始まるスタートアップなのか、主体性と自主運営の規模が問われる。